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長くひきこもっていた私がこのファンタジーを繰り返し読んでいた理由

『リトルターン』
ブルック・ニューマン著・五木寛之訳/集英社文庫
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=4-08-746049-5

──僕の生涯のこの時期、すべてが失われた

ある日、急に飛べなくなってしまった一羽のリトルターン(コアジサシ)という鳥がこの本の主人公。主人公のアジサシが自分自身と向き合い、モノクロの世界の中に彩りを取り戻していくまでの、そんな内面の冒険が描き出されている一冊。

「何かが壊れたのなら修理しなければならない」

──翼、羽、脚、尻尾、点検しても壊れた箇所は見つからない。外部ではなく内面が壊れてしまったんだ。

主人公の考え方が、ひきこもっていた時の自分に重なった。気がついたら動けなくなっていた。知っていた世界から切り離されて、悲しみだけが心の中に満ちていた。

何もかもなくしてしまえば、もう人を傷つけることもないし、自分も傷つかなくて済むと思った。家族も、人間関係何もかも全て懲り懲りだった。人の中にいると孤独で、一人でいる時が唯一安心できたのかもしれない。失ってしまった自分の感情、感覚、本心を探っていく。

物語の中盤に「求める気持ちを自分の心から追い出してしまったら、その時は自分が求めるものを手にするのはとんでもなく困難になるだろう」という言葉が出てくる。

求めることができない期間が長かった。自分を信じられない。生きる力がどこにも無いような気分で、人と関わることは酷く困難なことに思えた。一歩を踏み出しても、心無い言葉に傷ついてまた動けなくなる。そんな体験をした人もたくさんいると思う。

必要なのは、この主人公が冒険の中で出会うような、傷ついた心をこれ以上守らなくても大丈夫と思える、否定も決めつけもしない人。自分の弱点をあっさりと無視(許容)してくれるような人と出会うことができれば多くの当事者にとってどれだけ救いになるだろう。

一人一人異なった生き辛さを抱え、今もひきこもりの状態にある人がいて、そんな時にも「飛べてもいいし、飛べなくても大丈夫」といった安心感が得られれば、心に余白ができて自ずとまた飛ぶことができる。そうしたエネルギーが湧いてくるかもしれない。

二度と戻れないと途方に暮れてしまう時も、鳥が地上に降り立った時にだけ存在している影が、見えないだけでずっとそこにあったように、失ったと思われたものが確かにまだそこにあるのかもしれない。
この本を読んでいると人間に備わったありのままの力、自分自身にもまだ生きる力があるのかもしれないと何処か信じてみたくなる。

ひきこもっていた時、本を読もうとしても、色々な言葉が痛くて全く頭に入らない期間が長かったです。それでも五木寛之さんの本はときどき読んでいて、『リトルターン』は中でも不思議と印象に残った一冊でした。美しい挿絵があり絵本のように読みやすいので、ぜひ一読してみてください。(M)